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130 抵当湯

130「太陽病、六七日表証仍在、脉微而沈、反不結胸。其人発狂者、以熱在下焦、少腹当鞕満、小便自利者、下血乃愈。所以然者、以太陽随経、瘀熱在裏故也。抵当湯主之。」
「太陽病、六七日表証仍ほ在り、脉微にして沈、反って結胸せず、其の人狂を発する者は、熱下焦に在るを以って、少腹当に鞕満すべし、小便自利する者は、血を下せば乃ち愈ゆ。然る所以の者は、太陽の経に随い、瘀熱裏に在るを以っての故なり。抵当湯之を主る。」

六七日表証仍在・・・発病してから67日経つ、表に症状がある。(どのような表証なのかわからない。)
脉微而沈・・・脉微沈と何が違うのでしょうか。
反不結胸・・・結胸とはなに?「寸脉浮関脉沈名日結胸也」
其人発狂者・・・病状の程度 
以熱在下焦・・・病理
少腹当鞕満・・・病状
小便自利者・・・病状
下血乃愈・・・病理
所以然者、以太陽随経、瘀熱在裏故也・・・病理

前条から、とても複雑になってきました。
前条では十余日以前に吐下がある場合でした。この条文では六七日経っても表証有りと言いながら、脉浮ではなく脉微而沈、この脉は結胸を想像するが、反不結胸と否定しています。

このはじめの3つが私の混乱を招きます。
表証がある。しかし脉は微而沈です。微而沈だけれども結胸ではない。
脉の寸が微で関が沈とはどのような脈でしょうか。
寸浮、関沈ならば結胸の脉になります。
反不結胸というから脉は寸浮微、関沈となるのでしょうか。
関上の脈が橈骨上にあるので一番変化しない脉証です。
寸口尺中はいろいろな影響を受けて変化しやすい脉証になります。
微脉は、細で消えそうな微妙な存在感のある脉証です。
沈は、脈波を感知するまでに押さえる大きな圧力が必要な時の脉証です。
ですから微と沈は脉の状態の表現としては異なることを現しています。
微とは、浮沈ではなく脈波自体の状態です。
沈は脉波自体の状態ではなく、脈波と皮膚組織との関係を現しています。

反不結胸から、寸浮微、関沈と考えられますが、
寸口が浮微、関上が沈とはいかなる状態でしょうか。
基本の脉証は関上の沈だと思います。
それが寸口では浮微になる理由はなんでしょうか。
ヒントは結胸証にあると思うので、結胸証の条文において考えることにします。

この条文は下記の桃核承気湯と比較されます。
110「太陽病不解、熱結膀胱、其人如狂、血自下、下者愈。其外不解者、尚未可攻、当先解其外。外解已、但少腹急結者、及可攻之、宜桃核承気湯方。」
「太陽病不解」が「六七日表証仍在」
「其人如狂」が「其人発狂者」
「少腹急結者」が「少腹鞕満」
「血自下、下者愈」が「下血乃愈」
「熱結膀胱」が「以熱在下焦」
と類似していることは確かです。
しかし110条では「熱結膀胱」と臓器を初めに限定しています。それに比べてこの条文では前半において消去法でしかアプローチのできないことを示しています。
そして条文後半では、発狂するほどの苦痛があり、場所は下焦、下腹部が硬く満している、その圧迫によって小便が自利になっています。
このような場合には、抵当湯を与えてみましょう。
下血して治った場合は、瘀熱在裏故也となります。
「下血乃愈。所以然者、以太陽随経、瘀熱在裏故也」は、「下血して治った。然る所以の者は、太陽の経に随い、瘀熱が裏に在ったからです。」と結果から推理しています。つまり病を絞り込んではいるものの、瘀血を確定して抵当湯を与えているのではなく、治った場合は瘀血が裏に在ったことになり、治らなかった場合はそうではなかったことになります。
このことが条文を難しくしていますが、現実的な対応です。

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Author:しょうかんぽん
傷寒論 厥陰病編が終わりました。
霍亂病の解釈は休憩にします。
ただ今、最初から読み直しています。
このブログのスタートの時とは、解釈に違いがあります。
より独創的な解釈になります。
しばらくお待ちください。
愛知の薬剤師、三品です。

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