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128,129 脉数為熱、自極吐下者

128「病人脉数。数為熱、当消穀引食。而反吐者、此以発汗、令陽気微、膈気虚、脉乃数也。数為客熱、不能消穀。以胃中虚冷、故吐也。」

「病人脉数。数は熱と為す、当に消穀引食すべし。而るに反って吐する者は、此汗を発するを以って、陽気を令して微ならしめ、膈気虚し、脉乃ち数なり。数は客熱と為す、消穀する能わず。胃中虚冷するを以っての故に、吐するなり。」

脉数には、2パターンがあります。(吐を中心に考えられています。)
一つは、熱。発熱の熱でありながら、食欲が有り過ぎる胃熱と指しています。
2つ目は、発汗により陽気が虚してしまい、それが膈気虚となった。横隔膜の緊張になります。胃腸の運動の抑制となり、食事をすれば吐になります。
脉数は、実でも虚でも現れます。


129「太陽病、過経十余日、心下温温欲吐而胸中痛、大便反溏、腹微満、鬱鬱微煩。先此時自極吐下者、与調胃承気湯。若不爾者、不可与。但欲嘔、胸中痛、微溏者、此非柴胡証、以嘔故知極吐下也。」

「太陽病、過経十余日して、心下温温、吐せんと欲して胸中痛み、大便反って溏し、腹微満し、鬱鬱として微煩す。此の時に先だち、自ら吐下を極むる者には、調胃承気湯を与う。若し爾かせざる者は、与うべからず。但だ嘔せんと欲して、胸中痛み、微に溏する者は、此れ柴胡の証に非ず、嘔するを以っての故に、吐下を極めたるを知る也。」

心下温温欲吐而胸中痛・・・症状
大便反溏・・・症状:泥状便、本来は便秘と考えているか誤治により溏になったか。
腹微満・・・症状:
鬱鬱微煩・・・症状
先此時自極吐下者、与調胃承気湯・・・この時より先に、自から吐下が極まった者には、調胃承気湯を与えなさい。
「心下温温欲吐而胸中痛、大便反溏、腹微満、鬱鬱微煩となるより先に、吐下が極限になった場合は、調胃承気湯を与えなさい。」
若不爾者、不可与・・・そうでない者(吐下が極まっていない者)は、与えてはいけません。
以嘔故知極吐下也・・・嘔を以って吐下の極むるを知る故也。
「嘔するを以っての故に、吐下を極めたるを知る也」の意味は、
「嘔することが有る無しに因って、吐下を極めたかを知るなり」
「嘔と叫ぶ声を以って、吐下の極限状態であることを知るなり。」になります。

「但欲嘔、胸中痛、微溏者、此非柴胡証」は「柴胡証ではない」と言っているということは、「心下温温欲吐而胸中痛、大便反溏、腹微満、鬱鬱微煩」は柴胡証であることになります。

柴胡証であるならば、溏にはなりません。しかし例外として溏であるにもかかわらず柴胡証であるので、「大便反溏」となります。
「太陽病、過経十余日、心下温温欲吐而胸中痛、大便鞕、腹微満、鬱鬱微煩」ならば大柴胡湯になります。
107「太陽病、過経十余日、反二三下之、後四五日、柴胡証仍在者、先与小柴胡湯。嘔不止、心下急、鬱鬱微煩者、為未解也、与大柴胡湯下之則愈。」

「太陽病、十余日が過ぎ、心下温温とし吐したいと思いながら胸が痛む、大便は泥状の便です、腹は少し張っている、これは大便が溏ですけれど柴胡証です。この柴胡証になる前に、嘔と叫ぶほど吐下し極まる(終わる)者は、調胃承気湯を与えて胃気を和してください。吐下が終わらなかったら与えてはいけません。嘔したいと欲し胸中が痛み、大便は微溏の三つの症状を表わす者は柴胡証ではありません。吐下が極まっているかは、嘔と叫ぶことから判断します。」

この解釈の問題点は、吐下が極まっているのに調胃承気湯を与えることでした。そこで「極」の意味を考え、「きわまる」から「つきる、終わる」に変更しました。
これにより「極吐下」を「吐下が激しい」から「吐下がつきる(終わる)」となり、
嘔と声を上げる状態も、吐す物があるときははき出しますが、はき出す物がなくなってくると嘔と声をあげます。そこに吐下の終盤にきたことを知り、吐下によって邪が排出された場合、調胃承気湯で胃気を和すとなります。

「調胃承気湯と大柴胡湯との鑑別を論ず。」
「若し此れに先だち未だ諸証あらざるの時に、その之を吐下するを極むものによるものは、則ち知る、胃気は誤吐誤下のために傷つけられ、温温として吐せんと欲して大便は反って溏を致すは、邪気が虚に乗じて裏に入る故に胸中は痛みて腹は微満す、熱邪は裏にあるときは鬱鬱微煩する所以なり、乃ち邪気内陥す胃実の症なる。胃実するときは則ち愈ゆるなり。若し爾らざるものは此の時に先だち未だ吐下を極めざるを謂う。若し未だ吐下に因らずして此の諸証を現すものは、此は邪陥に由り致す所に非ず。」
「柴胡証は或は胸中煩して痛まず、或は大便は微結して溏せず、或は腹中痛みて満せず、此れはすなわち胸中痛み、大便は溏し、腹は微満するはみな柴胡の証ならず、但だ嘔せんと欲するの一証を以って柴胡証に似ているときは、当に深くその嘔せんと欲するの故を究むべし。」(傷寒論入門、森田幸門著より)

「心下温温欲吐而胸中痛、大便反溏、腹微満、鬱鬱微煩」は吐下した為に起きる症状となり、この症状に対し調胃承気湯が対応しているとなっています。
「但欲嘔、胸中痛、微溏者、此非柴胡証」は、「心下温温欲吐而胸中痛、大便反溏、腹微満、鬱鬱微煩」が柴胡証に似ているがそうではないことを言っているとなっています。

私としては、「心下温温欲吐而胸中痛、大便反溏、腹微満、鬱鬱微煩」を大柴胡湯の対象とし、この症状になる前に陽明胃実になった場合は治療に因って吐下するのではなく自然に吐下が起こり、それが尽きる時には調胃承気湯で胃気を和すために与え、吐下が尽きない場合は、調胃承気湯を与えてはいけません。大柴胡湯証と調胃承気湯証の鑑別を考える時に、「但欲嘔、胸中痛、微溏者」は「心下温温欲吐而胸中痛、大便反溏、腹微満、鬱鬱微煩」とよく似ていますが、「此非柴胡証」となり、これは吐下をする場合に嘔を叫ぶほど極まりつきることで調胃承気湯の対象であることがわかります。これが大柴胡湯証と調胃承気湯証の一番接近している状態においての診断基準です。

極・・・きわめる、きわまる、きわみ。最も高い所にある意、殺す。つきる。
吐・・・ト、はく:口から物をはき出す
嘔・・・オウ:口を開いて「オウ」といって吐く、音を表わす。
爾・・・糸をおだに巻きつける道具のこと、そのとおり、なんじ、のみ、ばかり。(字源辞典より)ジ、ニ

結局分かれ目は、「先此時自極吐下者」の「自」と「極」、「大便反溏」の「反」の解釈の問題です。

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しょうかんぽん

Author:しょうかんぽん
傷寒論 厥陰病編が終わりました。
霍亂病の解釈は休憩にします。
ただ今、最初から読み直しています。
このブログのスタートの時とは、解釈に違いがあります。
より独創的な解釈になります。
しばらくお待ちください。
愛知の薬剤師、三品です。

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