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78 梔子豉湯

78「発汗、吐下の後、虚煩して眠ることを得ず、若し劇しき者は、必ず反覆顛倒し、心中懊憹するは、梔子豉湯之を主る。若し少気の者は、梔子甘草湯之を主る。若し嘔する者は、梔子生姜豉湯之を主る。」

この条文の理解に苦しむところは、「虚煩不得眠」の「虚煩」です。
「煩」は症状です。「虚」は病理です。
発汗吐下後、煩して眠れない者を診て、虚であることをどこで見分けるのでしょうか。
「虚」とは、なんでしょうか。
70条に「発汗後、悪寒者、虚故也。」
71条に「煩躁不得眠」
75条に「病人手叉自冒心。不咳者、両耳聾無聞也。以重発汗、虚故如此。」
71条では、脈は浮。力具合は、微熱、煩躁の程度によって、強さが診られるはずです。
虚煩=71条の煩不得眠ではない煩とは、脈は浮ですが、力は弱さを感じる。
それは煩躁、反覆顛倒、心中懊憹など症状としては激しいのですから、心の動作も激しいはずです。
その心の脈波が末端にまで伝達できないのです。その理由は、血管壁の筋組織の作動性の低下だと考えます。
心拍数は上がったとしても、血管の緊張がなく弛緩した状態になると、末梢での血液循環が低下し、静脈環流の低下となり、それは心機能に影響を与え、苦しむ結果になります。
虚しているために煩はひどくなります。
虚を先に治すのではなく、煩を先に鎮めないといけません。
それには、梔子を使うと良いとなります。
虚を先に治そうとすると、煩がひどくなります。

75条は、虚になって虚煩にはならなかった場合です。

もう一つの問題点は、77条が78条の前文とすると、この虚煩は「胃気不和、水逆」を治した後に、現れることになります。
「吐下後」ですから、77条の「必吐下不止」が止まったことになります。
この2条文を1条にまとめるのか、2条に分けるのかは、どちらの意味を重要とするかによります。
1条にまとめている場合は、虚煩になる前には必ず「必吐下不止」という病態が存在することに着目しています。
2条に分ける場合は、「発汗、吐下後」と文字を使用して、「必吐下不止」を治したのに、虚煩が生じる場合があることになります。
2条に分けると、「必吐下不止」を止められた場合に、そのまま治る可能性もありますが、一条にまとめた場合は、虚煩が生じることを前提に「必吐下不止」が書かれていることになります。

もう少し考えます。
虚煩が水逆の治った後に現れると考えると、
水逆は、胃気不和で水の流通が止められた場合に起こっているので、これが治っても治りきらない影響が残っているということです。
つまり、水の流通が止まったことによって起きた病態が、水が開通しても元に戻れないところがある、それが虚煩の病態になります。
71条 「脈浮、小便不利、微熱、消渇」
72条「煩渇」
73条「渇」
74条「発熱、表裏證、渇欲飲水、水入則吐」
などが五苓散によって治る病です。
75条「病人手叉自冒心、不咳、両耳聾無聞」は、別の虚です。
つまりこれらの症状の中で水の循環が戻っても、残ってしまった症状(病態)が虚煩となります。

そうなると、問題は脈証です。
今までは、発汗吐下により虚証になってしまったのに煩という熱症状が発現すると考えていました。
これを脈で考えると、身体は虚ですから脈に力はありません。そこに熱の煩が起きるので熱の力が加わります。
イメージ的には脈浮弱です。
これが、この説明の71条に絡んだ前半に書いた内容です。
しかし、水の循環が元に戻ったとすると体力的には元気になります。
それなのに煩が残っているのですから、症状は激しくなり、当然脈証も力強くなります。
イメージ的には脈浮大強です。
このように虚煩の虚は、身体の虚実とは全く関係のない意味になります。

どのような病態を想定しますか。

「陰陽易の傷寒論」脇坂憲治著では、二次傷寒と位置付けています。(二巻P92)
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しょうかんぽん

Author:しょうかんぽん
傷寒論 厥陰病編が終わりました。
霍亂病の解釈は休憩にします。
ただ今、最初から読み直しています。
このブログのスタートの時とは、解釈に違いがあります。
より独創的な解釈になります。
しばらくお待ちください。
愛知の薬剤師、三品です。

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