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55 麻黄湯

55「傷寒脈浮緊、汗を発せざるに因って衂を致す者は、麻黄湯之を主る。」

46条の「劇しき者は必ず衂すれば乃ち解す」
47条の「自ら衂する者は癒ゆ。」
に対し、「衂しても治らない場合には麻黄湯を服用しなさい。」となっています。

51,52条では「可発汗」として脈浮に麻黄湯です。
そして同じ路線上にあり脈浮緊になり、麻黄湯を服薬してもいないのに、鼻血が出た。
それは陽が充満しているからだ。麻黄湯を服薬しなさい。

「脈浮緊」だけでも、「無汗」になります。
というよりも汗が出ないから脈浮緊になるのですが、最高に強い脈浮緊状態になると、ついに鼻の微粘膜から血が噴き出します。それでも麻黄湯で良いと書かれています。

これは47条「太陽病、脈浮緊、発熱、身に汗無く、自ら衂する者は癒ゆ。」に対応しています。
47条は私の考えでは麻黄湯の適応ではないのです。(詳しくは47条の説明をお読みください)
これに対し、55条は麻黄湯の適応である場合を示しています。

では何が違うのでしょうか。
実際には、鼻血が出てから脈診によって、脈浮緊の改善が見られればそのまま何も与えずに様子を見ます。
脈浮緊のままならば麻黄湯を与えることになります。
しかし、「不発汗、因致衂者」とし鼻血の原因を汗が出ない為と限定しているところに不安を覚えます。
(発汗できないための鼻血とそうではない鼻血があるかもしれません。)
もしも、47条を表寒実とし発汗を治療方針とするならば、この55条といっしょに考えると、
「鼻血が出ても、出なくても、麻黄湯を与えましょう。鼻血に動揺しないでください。」となります。

こうなると47条は必要ないことになります。
後漢時代は、鼻血で動揺するような時代ではありません。
何もせずに治るということは、投薬しないほうが良いと考えます。

別の見かたをします。
この二つの違いをどのように見ていたかと言うと、ヒントは文頭にあります。
「太陽病、脈浮緊」
「傷寒脈浮緊」
「太陽病」というのは、グループ名ですから、傷寒とは比較するものではありません。
47条の文頭には何もなく、55条の文頭には「傷寒」があります。
この55条のように「汗を発したくとも発せず、更に鼻血が出ようとも、なお麻黄湯の適応病態であること」をもって傷寒としているのです。
傷寒とは「陰陽倶」であることです。
47条は、傷寒には属さないことになります。

35「太陽病、頭痛、発熱、身疼、腰痛、骨節疼痛、悪風、無汗して喘者、麻黄湯之を主る。」から、始まった麻黄湯のいろいろな条文がありました。
脈浮から脈浮緊まで、すべて同一の病態でありながら、病状に強弱があります。
それらを麻黄湯で治すことができます。
このように考えて35条を見ると、脈証が書かれていません。つまり病状の強弱には触れていないことが分かります。
各症状にも強弱があっても良いと考えます。
脈浮の麻黄湯の場合の方が、脈浮緊の麻黄湯の場合よりも、病状は軽症に違いありません。
このように病気の出発時点から執着時点まで、同一路線上にいる限り、麻黄湯の適応範囲となります。
当然、途中分岐点から他の路線に変更する場合もあるでしょう。
それが小柴胡湯であったり、桂枝湯であったりします。
傷寒と中風の陰陽二原論を考えた人は、この55条の病態を以って傷寒としています。
「麻黄湯の適応症状の病気が傷寒である」「脈浮緊が傷寒である」とはなりません。
同じ病気、同じ処方でなおる病気を、異なる考え方で解釈し書かれた条文を、一冊の本に集約した為に、このようなことが起こるのではないだろうかと思っています。
傷寒、中風の条文は、その他の条文とは出典が異なるのでは、と感じています。


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しょうかんぽん

Author:しょうかんぽん
傷寒論 厥陰病編が終わりました。
霍亂病の解釈は休憩にします。
ただ今、最初から読み直しています。
このブログのスタートの時とは、解釈に違いがあります。
より独創的な解釈になります。
しばらくお待ちください。
愛知の薬剤師、三品です。

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