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51,52 宜麻黄湯

51「脈浮の者は、病表に在り、汗を発すべし、麻黄湯に宜し。」

当然前条を受けての条文になります。
脈証も緊にまでならないと、寸口と尺中における違いは現れませんから、脈浮の場合はそのまま麻黄湯で発汗してください。
ここからわかることは、麻黄湯を使う場合に症状の軽い重いは関係ないことです。
ただ病表に在ると感じたときは、麻黄湯を使っても良いのです。

例えば、インフルエンザに罹った時を、どの時点でそう言えるのでしょうか。
検査キットでの確認はウイルス量の確認です。
体内にウイルスが侵入したときは、まだ病気ではありません。
また他のいろいろなウイルスもいるでしょう。
身体が、インフルエンザウイルスを認知し、迎撃システムにスイッチが入り、撃退できれば病気になりません。
病気は、身体にダメージがある交戦状態になった時が始まりです。
始まりは、一部分の戦闘です。
この戦場が拡大する前に、いかに早く私たちが認知できるかの問題なのです。
この時の戦闘パターンを見て、麻黄湯か桂枝湯なのか決めなくてはなりません。
病表に在る場合の一番初めには、脈浮しかありません。そのほかは正常状態です。この時は麻黄湯になります。
次に少し戦闘が拡大してくると、皮膚の状態が正常状態よりも少し汗が多くなると桂枝湯になります。脈浮に少しだけ緩が現れます。
正常状態よりも少し汗が少なくなると麻黄湯になります。脈浮に少しだけ緊が現れます。
この脈証はイメージです。実際に脈診により少緩、少緊がわかるとは思いません。
しかし、現代医学における脈波の研究と傷寒論の中での脈診とは、同じものを診て同じように生理活動を察知しようとしています。

52「脈浮にして数の者は、汗を発すべし、麻黄湯に宜し。」

51条と52条が一文でも良いかもしれません。
51条は「脈浮」のみ、52条は「脈浮而数」と一つ増えました。
こうして麻黄湯の対応する病気の始まりと進行過程を示しています。
49,50条において尺中の確認の注意を指示した後の条文であることの意味は、ただ脈浮しかない病は麻黄湯、ただ脈浮而数の病は麻黄湯で良いのだけれど、尺中の変化がどの時点で現れてくるかわからないので注意する必要があるためであり、「宜し」となり「主之」とは書かれていない理由となります。

49条での「裏虚」は、症状がある程度進まないと尺中に現れないことを物語っています。
そして脈浮、脈浮数では、尺中の変化を読み取れない、つまり限界であることになります。
この時代の医師の脈診の技術はこれぐらいあったことがわかります。

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しょうかんぽん

Author:しょうかんぽん
傷寒論 厥陰病編が終わりました。
霍亂病の解釈は休憩にします。
ただ今、最初から読み直しています。
このブログのスタートの時とは、解釈に違いがあります。
より独創的な解釈になります。
しばらくお待ちください。
愛知の薬剤師、三品です。

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