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355 当帰四逆湯 当帰四逆加呉茱萸生薑湯

355「手足厥寒、脉細欲絶者、当帰四逆湯主之。若其人内有久寒者、宜当帰四逆加呉茱萸生薑湯。」

「手足厥寒し、脉細く絶せんと欲する者、当帰四逆湯之を主る。若し其の人内に久寒有る者は、当帰四逆加呉茱萸生姜湯に宜し。」

手足厥し、脉細くして絶えんとする者に、寒(表)と内久寒がある。
寒(表)の場合は、当帰四逆湯を使い、
内久寒の場合は、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を使います。

問題は、どちらの場合も脉細欲絶であることです。
表寒と内久寒の違いも書かれていません。
また「久」が使われていることから、内寒というほど寒ではないことになります。
ですから、下痢などのはっきりした症状はありません。
判断できる症状がない場合に、病理病態を書いて理解を求め伝えています。
一般的には、病理が示してある場合は、その病理から想像できる症状が存在すると解釈していますが、それをすると逆に病気を確定できなくなります。

結局、手足が冷たく、脉症がとても細く、その他の症状がない場合には、この当帰四逆湯か当帰四逆加呉茱萸生姜湯かどちらかを使います、ということになります。

当帰四逆湯と当帰四逆加呉茱萸生姜湯に対応する脉症が同じということは、体の全体の様子が同じということです。この両者に体調の違いがあるならば、当然脉症も異なることになります。

これとは別の解釈に、「手足が冷たく、脉細欲絶の者は、当帰四逆湯を使い、さらに内に久寒が加わる者は、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を使います。」

寒を症状と考えるか、病態として考えるか
内久寒は病態です。それに対応し初めの寒も病態とも考えられます。
初めの寒は症状であり、内久寒は病態とするか、と考える人もいます。
傷寒論を読むときに難しいのが、このように「寒」を症状と解釈するのか、外邪としての寒と解釈するのか、寒熱の病態として解釈するのか、また複数の意味を持つと考えているのかを、選択しなくてはなりません。どの解釈でも条文に当てはめることができます。

内久寒が前半に追加された病態と考えると、脉症はどうなるのでしょうか。
絶えんと欲するではなく、時々絶えるのでしょうか、

このように迷いますから、処方の構成生薬の違いから、逆算して判別するのに必要な症状を追加することになります。でも条文には追加した症状は書かれていなく、必要条件とはなっていません。
何を問題だと思っているかというと、構成生薬から導き出された症状は条文の症状より、強調され過ぎる傾向にあります。追加された生薬に対応する症状が必ず存在するかのように強調されてしまいます。
実際の病気は、微妙なバランスであり、それほどの違いがなくても処方が異なることは有り、それは実践でしか味わえないものです。

脉症について考えます。
脉細欲絶とは、どのような状態でしょうか。
また浮平沈のどれでしょうか。
手足厥寒が表寒と考えると、脈は沈になります。寒によって橈骨動脈の弾性が低下するからです。
内有久寒によると考えると、内のトラブルによって手足への血流が阻害されて冷たくなっているので、橈骨動脈の弾性は低下していないので平となります。
細は血流量の低下を表しています。
欲絶は、この血流量の低下し手足が冷たいのに対し、心拍出量を増加しようとしていないことが伺えます。

もし手足厥寒に内有久寒が同時にあると考えると、脉症は沈細欲絶が沈微細欲絶となります。

このように脉症を病理病態といっしょにその変化を予測する作業は、まだ始めたばかりなので問題も多いでしょうが、最終的には全条文における脉症の提示をしたいと考えています。
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しょうかんぽん

Author:しょうかんぽん
傷寒論 厥陰病編が終わりました。
霍亂病の解釈は休憩にします。
ただ今、最初から読み直しています。
このブログのスタートの時とは、解釈に違いがあります。
より独創的な解釈になります。
しばらくお待ちください。
愛知の薬剤師、三品です。

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