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337 黄芩湯 除中

337「傷寒脉遅六七日、而反与黄芩湯徹其熱。脉遅爲寒、今与黄芩湯復除其熱、腹中應冷、当不能食。今反能食、此名除中、必死。」

「傷寒、脉遅にして6~7日にして、反って黄芩湯を与えて其の熱を徹す。脉遅を寒と為すに、今黄芩湯を与え復た其の熱を除けば、腹中応に冷え、当に食する能わず。今反って食する能うは、此れ除中と名づく、必ず死す。」

脉遅を柴胡剤と同じ流通阻害と考え、厥して下痢に対し黄芩湯を与え、その熱を徹します。
脉遅を寒によると考えれば、黄芩湯を与えて熱を除くと、腹中が冷え、食することができなくなります。
しかし腹中が冷え食することができないはずなのに、食することができる場合は、除中といい、必ず死にます。

前条にある発熱は脉数によって確認される症状であり、実際に発熱しているのではありません。脉数の程度から発熱を推察しています。

傷寒6~7日、手足冷え、下痢を少陽部位の熱による停滞から起こる症状と考えると、柴胡剤、その関連から黄芩湯となります。
なぜに柴胡剤にならないかというと、太陽と少陽の合病による自下痢と同じく他の症状がないからでしょう。
さらに、太陽と少陽の合病の黄芩湯とこの条文の厥陰病の黄芩湯の区別がつかないことになります。
そして太陽と少陽の合病、自下利の者、黄芩湯を与える場合の脉証は遅になります。

前条では、除中でも索餅で治り、この条では死にます。
その違いは、脉証です。
数では索餅で治り、遅では治らない・・・となります。
と考えて良いのか、
「今反って食する能うは、此れ除中と名づく、必ず死す。」の条文には、前条の索餅が関係しており、食する物は索餅であり、索餅を食しても脉が数にならず、遅のままならば死にます。とも考えられます。

この状況では、脉遅が熱の為であるのか、寒の為であるのか、の判断がつかないほど微妙なのです。
厥は症状にないことになります。

傷寒6~7日、脉遅、反って黄芩湯を与えて其の熱を徹す
この条文の書かれている場所が厥陰病編なので、太陽と少陽の合病に使われる黄芩湯を選択するため「反って」と書かれ、また黄芩湯を選択するには下痢の症状が必要となりますが、厥はありません。
厥の症状が診られれば、脉遅が寒によるとの判断がしやすくなるので、この条文の存在意義がなくなります。
脉遅下痢に黄芩湯を与えたところ、腹中応に冷え、当に食する能わずとなってしまった。
この結果より、この場合の脉遅は寒によるものと分かりました。
胃中が冷えて食事をすることができないはずなのに、今食事ができるならば、それは除中です。
除中ならば、索餅を食べさせ、脉が遅から数と熱に変わるならば治るのですが、遅のままならば必ず死にます。

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しょうかんぽん

Author:しょうかんぽん
傷寒論 厥陰病編が終わりました。
霍亂病の解釈は休憩にします。
ただ今、最初から読み直しています。
このブログのスタートの時とは、解釈に違いがあります。
より独創的な解釈になります。
しばらくお待ちください。
愛知の薬剤師、三品です。

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