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40,41 小青龍湯

40 「傷寒、表解せず、心下に水気有り、乾嘔、発熱して咳し、或は渇し、或は利し、或は噎し、或は小便不利少腹満し、或は喘する者は、小青龍湯之を主る。」

39 「傷寒、脈浮緩、身疼まず、但重く、乍ち軽き時あり、少しも陰の証無き者、大青龍湯之を発す。」
と思い大青龍湯を与えたが、表不解。
症状は更に、「乾嘔、発熱して咳し、或は渇し、或は利し、或は噎し、或は小便不利少腹満し、或は喘する」となってしまった。
これはどうしてだろうか?
表は変わらず、変わったのは内だった。それも悪化!

汗無、乾嘔、発熱して咳し、或は渇し、或は利し、或は噎し、或は小便不利少腹満し、或は喘する者に、どんな処方を与えましょうか?
「或は」が多いのでまとめましょう。或は「渇し、利し、噎し、小便不利少腹満し、喘する」の共通項はなんでしょうか?
よくわからないときは、この場合どんな処方を考えますか?
五苓散でしょうか。五苓散は「脈浮、小便不利、微熱、消渇者」
内に潜むのは「水」。

「汗は無い、体痛は無い、陰証は無い、大青龍湯だ。」
内熱だと思って大青龍湯を投与したら、石膏が心下の水を冷やしてしまったらしい。
その結果現れた症状が「乾嘔、発熱して咳し、或は渇し、或は利し、或は噎し、或は小便不利少腹満し、或は喘する」である。

もう一度考えてみます。
大青龍湯の投与により表は変わらず、内が悪化した。
その理由は、内熱ではなかった。
熱ではなかったなら、寒だろうか?
寒であるならば、初めの傷寒の症状が麻黄湯の条文に準ずるはずである。
そうではなかったから、大青龍湯に決めたのに・・・。
結果は、症状が増えてしまった。
石膏で病的存在に変化するのもが、存在しているはずである。
それは、水であろう。
心下に隠れているため水の存在がわからなかった。
この水は病的ではないのである。
(病的ならば、痰飲者となり大青龍湯、小青龍湯とはじめから対応すればよい。)
そのために書かれた「心下有水」である。
そのための、小青龍湯の処方である。
外邪により、体調が変化し現れる現象ならば「心下有水」と原因を書く必要はない。

41 「傷寒、心下に水気有り、咳して微喘し、発熱渇せず。湯を服し已り、渇する者は、此れ寒去りて解せんと欲する也、小青龍湯之を主る。」

「傷寒、咳して微喘し、発熱渇せず」ここから小青龍湯が選べますか?
無理でしょう。
「心下有水」を確認するのは何ですか?
「咳、微喘、発熱」には、口渇はあることが当然ですか?
いままでの条文にはありません。
小青龍湯を服用して、心下有水がなくなったら、口渇がするのは治り、口渇しない者は治らない。
となると、一般的概念として発熱時には発汗の有無にかかわらず、多少の口渇はあって当然と考えたほうが良いでしょう。
条文中に口渇と書かれる場合は、明らかな口渇があり、ここでは発熱による口渇すらないということになります。「口の中に熱感がない」という感じでしょうか。
発熱に伴う口の渇きに対しては、正常な対応による口渇(発熱の程度に合っている口渇の範囲)であれば、それは口渇と書く病的な状態ではないのでしょう。
この条文では、有るべき口渇すら心下有水によって無くなっていることに注目し、小青龍湯の対象であるかの判断基準となります。
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しょうかんぽん

Author:しょうかんぽん
傷寒論 厥陰病編が終わりました。
霍亂病の解釈は休憩にします。
ただ今、最初から読み直しています。
このブログのスタートの時とは、解釈に違いがあります。
より独創的な解釈になります。
しばらくお待ちください。
愛知の薬剤師、三品です。

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