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31~34 葛根湯類

14「太陽病、項背強几几、反汗出悪風の者、桂枝加葛根湯主之。」
31「太陽病、項背強ばること几几、汗無く、悪風、葛根湯之を主る。」
32「太陽と陽明の合病の者、必ず自ら下痢、葛根湯之を主る。」
33「太陽と陽明の合病は、下痢せず、嘔をあらわす者、葛根加半夏湯之を主る。」
34「太陽病、桂枝證、医反って之を下し、利遂に止まず、脈促者、表未だ解せず也。喘して汗出者、葛根黄芩黄連湯之を主る。」


下痢の症状を診て、どうして葛根湯が選べますか?決め手は何ですか?
「項背強几几」が基本にあり、それは葛根になるのでしょうか?
そうでもなさそうです。
つまり葛根の位置付けの問題です。
脇坂先生の本では「この葛根湯の条文たちは、古い条文の一群である」と考えられています。
「項背強几几、汗出悪風の者、桂枝加葛根湯主之。」
「項背強ばること几几、汗無く、悪風、葛根湯之を主る。」
「必ず自ら下痢、葛根湯之を主る」
「下痢せず、嘔をあらわす者、葛根加半夏湯之を主る。」
「医反って之を下し、利遂に止まず、脈促者、表未だ解せず也。喘して汗出者、葛根黄芩黄連湯之を主る。」
つまり、葛のたくさん取れる地方にこの使われ方がすでにあり、仲景が傷寒論に組み込んだと考えられます。
ある地方では、葛根が特に使われていたので、「葛根湯」と名付けられていたのでしょう。
それでは葛根を除いて考えてみましょう。
桂枝湯、桂枝加麻黄湯、桂枝加麻黄半夏湯、黄芩黄連湯となります。
本来、葛根湯から始まり、発汗へ進めば桂枝加葛根湯で治し、症状が下痢、嘔吐に進めば、葛根湯または葛根加半夏湯で治します。
34条の「医が下剤を使う」理由とは、なんでしょうか。誤治を回避するにはどうしたらよいのでしょうか。
(「桂枝湯類を使うところを、間違って下剤を使った」と考えるのは単純すぎます。)

桂枝證を目標に下剤を投与したわけです。
桂枝證とは、「のぼせ、気の上昇」です。気を下ろそうとして下剤を選んだことになります。これが誤治ならば、桂枝證は気の上昇ではなかったことになります。また、下剤を使っても下痢にならなければ誤治ではなかったかというとそうはなりません。下剤で治る場合があるのならば、誤治の「反」の字は使われず「下した後」と書かれます。

もう一歩現実的に考えると、「下剤を使って下痢が止まらない場合は、誤治であったと認識しなさい」という解釈もできます。
つまり、診断がどれだけ正しくても、結果として間違いの場合もある。仲景とて同じことであり、誤治とわかることも大切な診断であるため、このような条文があるとも考えられます。
私としては、「誤治しやすい場合の忠告の意味」と考えると仲景は誤治しないのかとなり、それでは正しい処方はなんだろうと考えてしまいます。そうではなくて、「之を下す」のは処方としては正しいのだが、結果「下痢が止まらない」を診て初めて、誤治だったと言えるのではないでしょうか。
そう考え、この誤治は診断ミスというよりは、必然であり、結果からしかわからないミスと考えたいのです。
現代でも「手術は成功しましたが、患者は死亡しました。」という場合は、判断は正しくても、結果は間違っていたことになります。

この五条文は、「項背強几几」が共通項と考えるのではなく、この中だけで成り立っているものと考えます。太陽(桂枝加葛根湯主、葛根湯)、太陽與陽明合病(葛根湯、葛根加半夏湯)、陽明(葛根黄芩黄連湯)となります。
脇坂先生は、この五条文があったからこそ、仲景は三陰三陽を考えだせたのではないだろうかと記述されています。

こうなると、葛根湯は他の条文から独立していることになり、使用時の判断が明確になりません。しかし、風邪の初期にファーストチョイスとして葛根湯が多くつかわれ、効果があるという現実にはよく合っています。

条文の内容に戻ります。
中心は31条「太陽病、項背強ばること几几、汗無く、悪風、葛根湯之を主る。」です。

14条は、31条に対し汗が出ている場合です。麻黄を削除しています。元からあった条文ではなく、仲景が追加した条文かもしれません。そのため「反」が使われ、桂枝加葛根湯の条文は31条を意識せずには読めなくしています。

「太陽と陽明の合病の者、必ず自ら下痢、葛根湯之を主る」
汗腺の閉鎖と体表面の緊張が、腸の緊張に伝達し、機能低下し下痢になる。

「太陽と陽明の合病は、下痢せず、嘔をあらわす者は葛根加半夏湯之を主る」
前条と同じ合病なのに、下痢にならずむかつきがある場合があることを指している。病態としては前条と同じく、緊張の影響が胃に伝達したのである。

「太陽病、桂枝證、医反って之を下し、利遂に止まず、脈促者、表未だ解せず也。喘して汗出者、葛根黄芩黄連湯之を主る。」
とても解釈が難しい条文です。
脈促は、脈が速く窮迫している様子。つまり下痢と発汗が同時にあり、呼吸も不安定である状況を脈促は表している。血液循環が不安定。数ではないので発熱はないと考える。
この発汗と下痢をひきしめて止めるために黄芩黄連を使うのである。
思い切って、この説明はどうでしょう。
太陽病、桂枝證(気の上昇がある)ので、之を下げようと医師は桂枝湯を与えた。そうしたら下痢が止まらなくなった。麻黄を使わなかったので発汗による外発ができなく、内熱の増加となってしまった。自下痢が本格的な下痢になり、内熱の増加により汗は出るが、桂枝湯の場合の汗とは脈が違う。喘は肺にも熱がこもっているためだ。
下痢は黄芩、喘は黄連となる。
「桂枝證」と記述している意味が、この解釈なら理解できるのではないでしょうか。
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Author:しょうかんぽん
傷寒論 厥陰病編が終わりました。
霍亂病の解釈は休憩にします。
ただ今、最初から読み直しています。
このブログのスタートの時とは、解釈に違いがあります。
より独創的な解釈になります。
しばらくお待ちください。
愛知の薬剤師、三品です。

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