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247 呉茱萸湯

247「食穀欲嘔者、属陽明也、呉茱萸湯主之、得湯反劇者、屬上焦也。」

「穀を食すれば嘔せんと欲する者は、陽明に属する也、呉茱萸湯之を主る。湯を得て反って劇しき者は、上焦に属する也。」

どうして陽明病編に書かれているのに、「陽明に属する也」と言及しなければならなにのでしょう。
「陽明病、食穀欲嘔者、呉茱萸湯主之。」でも、この嘔は陽明病の嘔であることになります。

陽明と陽明病では違いました。
「陽明之為病、胃家実是也。」から陽明は胃家であり場所を現わし、病気を指してはいません。
ですから「食穀欲嘔者、属陽明也」は、病が胃家にあることだけを言っています。

このように呉茱萸湯を使う状況が条文から決定できない場合は、消去法により呉茱萸湯が導き出されることになります。

たとえば葛根加半夏湯、五苓散、小柴胡湯、半夏瀉心湯、黄芩加半夏生姜湯など、嘔以外の症状から判断することになります。
これらに該当しない食穀欲嘔者が、呉茱萸湯となります。
直接呉茱萸湯に決定しているわけではないので、「得湯反劇者」となっても誤治とはならず、上焦に属するものであることが、これによって確定します。
しかし上焦にあるとなると、それは先に否定した柴胡剤や瀉心湯類に戻ることになります。
つまりこの場合の嘔は、いろいろな可能性を秘めていることになります。
上焦にあるかは、服薬してみないとわからないという、とても現実的な条文です。

この胃家に有るのは、寒熱ではなく、胃の麻痺であると森田幸門著には書かれています。

この条文の状態における呉茱萸湯で治る嘔は、その他の症状がないと考えます。
「食穀欲嘔」ですから、「不能食」となると、陽明病・中寒となります。
しかし、食することを欲していないわけでもありません。
穀を食すると、嘔が現れるのですから、微妙なところです。
前条のように「燥屎」と命名してあると、理解しやすいのですがそこまで確定されているものでもなさそうです。
陽明に中寒になるような邪があり、呉茱萸湯を服用して悪化する場合は、陽明の場所ではなく、上焦の場所に邪があります。
その上焦の邪は、呉茱萸湯を服することにより、その姿を現わすことになります。

「食穀欲嘔者」は、陽明や上焦の病に共通な症状となります。

そしてこの様な状態の胃家を麻痺=機能低下と考えるのは良いかもしれません。寒熱ではないという意味に於いてです。
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しょうかんぽん

Author:しょうかんぽん
傷寒論 厥陰病編が終わりました。
霍亂病の解釈は休憩にします。
ただ今、最初から読み直しています。
このブログのスタートの時とは、解釈に違いがあります。
より独創的な解釈になります。
しばらくお待ちください。
愛知の薬剤師、三品です。

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