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233 梔子鼓湯

233「陽明病、下之、其外有熱、手足温、不結胸、心中懊憹、飢不能食、但頭汗出者、梔子鼓湯主之。」

「陽明病、之を下し、其の外に熱有り、手足温して、結胸せず、心中懊憹し、飢えて食する能わず、但だ頭汗出づる者は、梔子鼓湯之を主る。」

やはりこの条も二陽併病なのでしょうか。
下して陽明病が無くなった後、外に熱が有るのですが、表熱とは書いていません。
いつも問題になるのが、この「外」と「表」の解釈です。
「陽明の病たる、胃家実これなり。」の解釈を、胃家実を邪実と考えるのではなく、臓器そのものと考えてみました。
つまり、実は実態がある臓器のことを指し、太陽病は実態がない病気となります。
そしてこの条文では、陽明病を下し、その後臓腑以外のところに熱が有ると解釈します。
その症状が書かれています。
手足が温かく感じます。(末端の充血?精神的発汗?)
結胸ではなく、心中がむかむかしています。(柴胡湯証でしょうか。結胸ではないことから、胸膜、横隔膜のトラブルを否定しています。)
空腹感はあるのですが食することができません。(食べることによってトラブルが発生する。飢えるとは、腹が減ること、空腹感があること。例えば、膵臓炎とか胆のう炎など食事をすることで痛みが起こるものなのでしょうか。)
頭には汗が出ています(体の発汗は特にないようです)。
柴胡湯証に近い虚煩虚熱の梔子鼓湯となっています。

下後、心中懊憹で虚煩と条文上では説明できますが、実際には上手に判断できません。

太陽病編にある梔子鼓湯から考えると
虚煩は、臓器が虚している状態からの煩です。
水逆の五苓散ならば、水を吐す力がありますが、虚煩にはその力は有りません。
そこから考えると、
「下後、胃家が虚してしまったようだ。それは心中が穏やかではなく苦しいが、結胸ではない。またお腹が減るといいながら食べようとはしない。これは胃家が虚しているからでしょう。このような状態なのに、手足と頭に熱証があるということは、虚熱と考えられるので、梔子鼓湯を与えます。」

二陽併病ではありませんでした。
胃家虚の陽明病となります。虚なので熱も寒もありません。
臓器の虚は、どうして末端である手足と頭に血に停滞を現わすのでしょうか。
病理として近いものに、肝硬変の手掌紅斑があります。この場合は肝硬変に因ってエストロゲンがエストリオールに不活性化できないので、エストロゲンの作用が増強したため、毛細血管が遠心性に拡張したためです。エストロゲンの作用には、血管分布を増やす作用が有り、毛細血管も拡張させます。
細動脈など平滑筋が存在する血管は、収縮や拡張をしますが、毛細血管には平滑筋はありません。ですから裏虚の場合、手足を温にするものはホルモンとなります。
内臓の虚と飢えて食することができないとなると、門脈系の静脈血には栄養がなく、肝臓でホルモンを生産できないことになります。それらがいろいろな症状を現わしてきます。
このように直接熱生産をしているのではなく、結果として温になったり、煩になったりしているので虚と表現しているものと考えます。

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しょうかんぽん

Author:しょうかんぽん
傷寒論 厥陰病編が終わりました。
霍亂病の解釈は休憩にします。
ただ今、最初から読み直しています。
このブログのスタートの時とは、解釈に違いがあります。
より独創的な解釈になります。
しばらくお待ちください。
愛知の薬剤師、三品です。

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