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222 小承気湯

222「陽明病、讝語、發潮熱、脉滑而疾者、小承氣湯主之。因與承氣湯一升、腹中轉氣者、更服一升。若不轉失氣者、勿更與之。明日又不大便、脉反微濇者、裏虚也、爲難治、不可更與承氣湯也。」

「陽明病、譫語し、潮熱を発し、脉滑にして疾の者は、小承気湯之を主る。承気湯一升を与えるに因り、腹中転失気する者は、更に一升を服す。若し転失気せざる者は、更に之を与える勿れ。明日大便せず、脉反って微濇の者は、裏虚なり、治し難きと為す、更に承気湯を与ふべからざるなり。」

前条では、譫語するも発熱はありませんでした。
また潮熱で譫語する者、脉短、脉濇では、死に至ります。
ここで脉は弦でもなく、滑にして疾とは何を意味しているのでしょうか。

前条と違い熱が潮熱の実態となっています。
その脉証は滑而疾となっています。
病態は、汗は出ているが多くはなく、胃家の熱は腸にもおよび大便を硬くする、よって小承気湯を服用しておならが出れば、さらに服用して大便と共に胃家の熱を排出させます。
もしおならが出ない場合は、腸の熱が大便を硬くしているのではない可能性があるから一日様子を見ます。明日大便が出なく、脉が滑而疾ではなく微濇になっていたら、裏虚なので治すことは難しいです。

滑(かつ):滑脉は指頭下に珠玉の走るが如く感じる脉。
疾(しつ):速脉に相当するもの。疾は急。疾は裏熱に属す。
このような状態として脉証を考えると、疾は数と同じですが、太陽病のような表熱に因るものではなく胃家熱による数のことを疾と表現します。
滑はどうしましょうか。
胃家熱なので寸口よりも尺中の方が強く感じます。
血管に緊張感はなく、少し緩んでいます。
発汗があるので、反射の脈波が小さい為、脈波の振幅が小さくなります。
これを「珠玉の走るが如く」というのでしょう。
「而(して)」の意味は何でしょか。
花村先生は「傷寒論では「対立」或は「対応」した面を強調する場合に使われている。」と書かれています。
「滑而疾」は、胃家熱により平常よりも力強い脉でありながら、汗が出ているので血管平滑筋は少し緩み、反射脉波が小さくなる為脈波の振幅が小さくなる、この状態を滑とし、胃家熱の程度に因り脉速が変化する状態を疾としていると考えます。
裏熱が増加するほど疾は速くなります。

疑問ですが、潮熱なので発熱している時と発熱していない時があるのですが、この滑而疾というのは、どちらの状態における脉証なのでしょうか。

215条に於いては「陽明病、脉遅、汗出でと雖も悪寒せざる者、其の身必ず重く、短気し、腹満して喘す、潮熱ある者は、此れ外解せんと欲す、裏を攻むべきなり。」と書かれています。発熱しているときに脈証が遅の場合があるのでしょうか。そのように考えると、脉遅は発熱していない時の脈診となります。
この条文に於いても、脉滑而疾は発熱していない時の脈診だと考えます。

この条文の問題なところは、治る病気も治らない病気でも、小承気湯を服す以前においては、譫語、発潮熱、脉滑而疾と同じ病態を示していることです。
熱実か裏虚に進行するのかを小承気湯を使って診断しています。
小承気湯を服用したから、裏虚になったわけではありません。
服用後、おならが出る場合は更に服用することになりますが、おならが出ない場合は服用してはいけないとなっています。
おならが出なくても実際に発熱するわけですから、病巣はあるはずです。
内臓の一部に病巣があり、承気湯類で解することができる場合もあり、また病巣が悪化して全身に影響を及ぼせば、多臓器不全へと進展していくことになり、脉証は微濇を現わしてくることになります。
「難治なりと認識していても、承気湯類を与えて治療したいと思うだろうが、それは反って悪化させるだけです。」と苦しい思いを現わしています。

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Author:しょうかんぽん
傷寒論 厥陰病編が終わりました。
霍亂病の解釈は休憩にします。
ただ今、最初から読み直しています。
このブログのスタートの時とは、解釈に違いがあります。
より独創的な解釈になります。
しばらくお待ちください。
愛知の薬剤師、三品です。

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