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235 陽明病 小柴胡湯

235「陽明病、脇下鞕滿、不大便而嘔、舌上白胎者、可與小柴胡湯。上焦得通、津液得下、胃氣因和、身濈然汗出而解也。」

「陽明病、脇下鞕満、大便せずして嘔し、舌上白胎の者は、小柴胡湯を与えるべし。上焦通づるを得、津液下を得て、胃気因って和し、身濈然と汗出て解するなり。」

小柴胡湯を服用すると、上焦が通じて、津液が下がることができ、それによって胃気が和し、そうすると身体から一気に汗が出て治ってしまうでしょう。

汗によって解するものは、陽明の熱です。
汗になることを阻害しているものは、不和の胃気です。
不和の胃気は、津液の上下の循環を阻害しています。
それによって上焦に脇下鞕満、嘔、舌上白胎となります。

上焦に通じることを得ると、津液が下ることができるとなっています。
上焦に通じるを得るとは、上焦の機能が回復する、つまり上焦の循環が回復することを意味し、それが津液を下すことにつながり、大便が出るようになり、津液が全身に廻りだすと、汗が出て、陽明熱が放散され、胃気は和します。

症状だけを見ますと「脇下鞕満、大便せずして嘔し、舌上白胎、小柴胡湯を与えるべし。身濈然と汗出て解するなり。」となり、とても陽明病には見えません。
このような場合には、陽明病と少陽病を比較した場合に、少陽病とは断定できず、陽明病と考えることが妥当である理由があるはずです。

この条文では、前半の小柴胡湯を与えるべしで終わっても良いところ、その後状況説明を必要としているのは、少陽病ではなく陽明病であること強く意識しているためでしょう。
病気の中心は、胃気にあるのです。
胃気和すことから病が治るのですから、原因は胃気が不和であり、悪熱とか虚とかではないことになります。
ここが微妙なところです。
小柴胡湯証として分類する場合には、太陽病、陽明病、少陽病の小柴胡湯証があれば、三陽病のどれに類するかの判断することなく、小柴胡湯を服用すれば良いことになります。
それは、薬剤中心の考え方であり、西洋医学においてもなんらかの炎症が有る場合には、消炎鎮痛剤で良いと判断し、治ればその病因の特定は必要ないことになってしまいます。とても薬剤師的な考え方ではないでしょうか。

少陽陽明の合病とすると、基本は陽明の病因の影響が少陽に現れる為、少陽証にとらわれることなく、陽明病を解すれば少陽証も解することになります。
しかしこの条文の陽明病・小柴胡湯証では、病因が陽明病にあり少陽証が現れているときに、陽明病を解するのではなく、少陽証を解することにより陽明病も解するとなっています。この現実を後人に伝える為に、条文後半の説明が付けられていると考えます。

「脇下鞕満、大便せずして嘔し、舌上白胎、小柴胡湯を与えるべし。身濈然と汗出て解するなり。」
この状態から、陽明病と判断できるでしょうか。
私にはできません。しかし、このことからも傷寒論は病理を中心に書かれていることが分かります。
陽明病領域の小柴胡湯証と太陽病領域の小柴胡湯証と少陽病領域の小柴胡湯証の区別を理解したいですが、今の私にはまだ無理です。
今後の、宿題とします。
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プロフィール

しょうかんぽん

Author:しょうかんぽん
傷寒論 厥陰病編が終わりました。
霍亂病の解釈は休憩にします。
ただ今、最初から読み直しています。
このブログのスタートの時とは、解釈に違いがあります。
より独創的な解釈になります。
しばらくお待ちください。
愛知の薬剤師、三品です。

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